鹿児島県認定審査会の問題点

 

原告ら代理人   宮  田     学

 

一 鹿児島県認定審査会および検診医の無責任さ

1 はじめに
 

 認定審査会に色々な問題があることは、既にこれまで熊本地裁の第2次訴訟判決、その控訴審である福岡高裁判決、熊本地裁の第3次訴訟判決等が、何度も指摘してきたところであります。

 たとえば、認定審査会のでたらめさについて、熊本地裁第3次訴訟判決は、被告国・熊本県が提出した乙号証に関して、次のように述べております。
「(被告らが)乙号証として提出する検診結果、審査会資料も熊本県の分にあっては検診医の氏名すら公表せず、被告らの実施した検診がどの程度熟達した神経内科の専門家によってなされたのか明らかではないし、患者が汚染された魚介類をどの程度多食したかという疫学的条件を抜きにして、また患者との基本的な信頼関係の有無とは関係なく、各科目毎に機械的に実施した検診によって得られた一般内科、神経内科、精神科、眼科、耳鼻咽喉科の各所見と臨床検査成績等をバラバラに記載したのみ(で)信憑性に乏しく、また、各所見から総合的に水俣病であるか否か或いはその所見が水俣病の症候であるか否かの医学的推論の過程も首肯しうるものとはなっていない。」

 右の判断は、主として熊本県の認定審査会を取り上げているものであります。しかし、実は、鹿児島県の審査会についても右判決の指摘がそっくりそのまま妥当するということが、審査会の委員であるAおよび検診医であるBの各証言によって露呈した彼らの無責任ぶりに照らし、改めて明らかとなったのです。

2 A証人の無責任さ

 A証人は、いわば鹿児島県認定審査会の代表選手として、本法廷で証言した者でありますが、水俣病に関する基本的な文献もほとんど見たことがなかったことが明らかとなりました。
また、福岡高裁の第二次訴訟控訴審判決の批判を受ける形で発足した特別医療事業制度についても全く無知であり、なぜ、環境庁がそのような制度を禰縫策としてでも設けざるを得なかったかについても、全く理解していなかったのです。

 さらに、同証人は、「感覚障害のみで認定された事例の中味は知らない」とか、昭和46年通知と昭和52年判断条件のどこが違うかわからないとか、「昭和52年判断条件が作られた経緯は知らない」とか、「『水俣病の症候はどこまでを水俣病と規定するかによって変わりうる』ということを述べたCの論文は知らない」とか、「椿忠雄医師が『水俣病はメチル水銀中毒の一つではあるけれども、メチル水銀中毒と水俣病とは同一ではない』と述べていることは知らない、また、その椿の考え方が正しいかは分からない」とかの、無責任な証言を繰り返したのです。

 それらのことは認定審査を担当する者であれば、当然に理解してなければならない事柄であります。
 あまつさえ、A証人は、先程述べたように、積み重ねられてきた多くの知見を吸収しようとすらしていないのに、『審査会資料説明書総論』において、
「環境庁がそれまでの医学水準で明らかにされた水俣病像をもとに52年に示した判断条件は妥当なものであり、その後の新たに見出された医学的知見により修正される点はない。」
と断言までしているのです。
 文字通り、10年1日の如き、頑迷固陋(がんめいころう)な態度を取り続けているのです。

 実は、このような態度こそが、現在の認定制度の破綻を招来してきたにもかかわらず、多くの司法判断によって批判されているところがどこにあるのかを理解しようとすらしていないのであります。
 被告国・熊本県は、準備書面で、このA証人もメンバーの一人であるところの認定審査会の委員について、「水俣病に関する学識、経験ともに疑う余地のない斯界の権威者」と述べております。何とも現実ばなれした主張としかいいようがありません。A証人のどこが「水俣病に関する学識、経験ともに疑う余地のない」と評価できるのでありましょうか。

3 B証人の無責任さ

 検診医の代表として証言したB証人も、同人をはじめとする検診医たちがいかに無責任に水俣病問題を取り扱っているかを明らかにしたのであります。

 第1に、B証人らの作成にかかる「審査会資料説明書各論」なるものは、考慮の対象とするに足りないものだということです。
B証人らは、被告国の依頼を受けて、乙第110号証『審査会資料説明書各論』の作成をしたものでありますが、まずもって、この書面の内容自体が実に不正確なものであり、事実が歪められたものであることが明らかとなりました。
すなわち、この書面には、認定審査会の検診では実施していない、同証人自身が「水俣病の診断基準では考えられないこと」と言わざるを得ないようなこと、すなわち審査会でも全くおこなっていない「下肢の指微細運動」なるものの結果が、何箇所にもわたって出てくるのです。
 また、審査会資料には善かれてある症状が、この書面では、無視ないし歪めて記載してある部分も数多く存するのです。たとえば、「スロー」という結果を「正常」とねじまげ、「可能(できる)」という結果を「異常なし」とねじまげているのであります。
しかも、裁判所にお考えいただきたいのは、これらのありうべからざるミスも、B証人に言わせると「単なるミス」であり、何ら恥じるところがないということであります。認定審査会の検診に臨んでも、B証人らが同じ姿勢をとっているであろうことは、たやすく推認できるところであります。

 第2に、B証人の証言は、結論が先にあって述べたと思われる点も多く、そのまま信用することは到底できないのです。
 B証人は、認定審査会の疫学調査について、「十分な時間をかけて繰り返し行っている」と強調しました。しかし、現実には短時間でしかも第2回以降の調査では前回調査以降のことを追加的に継ぎ足しただけあることは、審査会資料自体から読み取れるのであります。しかるに、B証人は、その事実を示されても色々な想像を述べながら、あくまでも判断の基礎とするに足る資料と強弁するのであります。
 また、B証人は、認定審査会の検診医による問診についても、「十分行っている」「二重、三重のチェック」をしているとまで証言いたしました。しかし、現実には、2回目の検診時の記載事項の一言一句が1回日のそれとすべて共通しており、明らかに前回の問診結果をそのまま引き写しているとしか見れない場合もあるのです。だが、B証人は、その事実を示されても、「あくまでもちゃんとチェックした結果だ」などと強弁するのであります。
 さらに、同証人は、胎児性患者の母親の症状に関して、20年も前の古い外国の論文を取り出してきて「胎児性患者の母親にはほとんど症状がない」などという、ためにする意見を述べました。そして、反対尋問において、その論文の判断の前提となっているのが、かつての日本の誤った見解であることを示されるや、無責任にも、
「ちょっと、何か、袋小路に追い込まれたような気がしますね」と証言したのであります。
どうして、注に引用されている原典に当たれば容易に間違いであることが確認できるような、見え透いた嘘まで証言するのでありましょうか。

 B証人の態度は、真摯というにおよそ程遠いものであり、これでは、診断にあたって最も重要視される医師と患者との間の信頼関係が、認定申請者との間で作れるはずがないことは明白であります。裁判官ご自身、病気にかかられた場合、このB証人のような医師に診察してもらいたいと希望されるでしょうか。

 被告国・県は、準備書面で、このB証人ら検診医を、「これ以上の専門家を望むべくもない審査会の専門医」、「これ以上の専門医を検診医に委嘱することは事実上困難である」などと持ち上げております。この文を書かれた方は、一体、どんな感覚をお持ちなのでしょうか。あるいは、「これ以上」の前に「被告国・熊本県のいいなりになる」という修飾語が抜けているのではないのでしょうか。

4 鹿児島県認定審査会のでたらめさ

 では、A、Bは、鹿児島県認定審査会における例外的存在なのでしょうか。
 残念ながらそうではありません。
 鹿児島県の認定審査会の会長であるC氏は「鹿児島大学学長」という立派な肩書をもっておられます。しかし、肩書や権威が問題を解決するのではありません。研究者は、まずもってその研究成果で評価されるべきは当然です。
 C氏は、しきりに、客観的に症状を把握する必要性を強調します。それは一見、科学的な装いを呈していますが、実は、「まず、患者のいうことをよくきく」という医学の常道からは外れているのです。

 実際に、C氏が水俣病について唯一本格的に研究した成果として発表された定量診断の結果は、様々な問題を有しております。
 その誤りは、根本的には、患者の言うことはあてにならないとして、いわゆる疫学条件を無視しているところにあります。
 しかも、患者らの置かれた社会的条件を無視し、患者のひとりひとりから丁寧に事実を聞き出すのではなく、単にアンケートを行いさえすれば、被害の状況がそのまま把握できるという単純な発想に立っているところにあります。調査対象となる水俣病の被害者たちがどういった状況に置かれているかを配慮しないアンケートを行っても無意味なのです。

 C氏がアンケート調査した昭和46年当時、「自分は水俣病である」「自分には水俣病の症状がある」と声を出して、何のメリットがあったというのでしょうか。
 チッソと被害者との問で補償協定が結ばれるのは、これよりずっと後の昭和49年7月だったことを思い出していただきたい。現在でも、自分が水俣病患者ではないかという声を上げるのは大変なことなのです。自分の娘や息子の結婚のことなどを考え、いまなおひっそりとしている人も多いのです。
 C氏の調査に対して、たとえば、現在ではほとんどの住民が水俣病と認定されている桂島の人達が、皆、「何ともない」という回答をし、したがってその後の診察の対象とはならなかったことは、既に明らかとなっております。この人達は、本来は、とりあげて分析されるべき対象だったのです。

 結局、C氏は、事実と全く異なったアンケート結果、それに引き続く診察結果をコンピュータに入力してしまった訳なのです。当然、コンピュータが打ち出す結論も現実を反映していないものとならざるをえなかった訳であります。C氏はコンピュータにより、「健康のかたより」を分析したと述べますが、「かたよったデータ」を分析しても、意味はありません。

 被告国・熊本県が、原田正純氏の『慢性水俣病に関する意見書』(甲第1095号証)に関して、執拗に原田氏の証人採用を求め、かつ、「計量診断に対する原田氏の理解を尋問したい」と言っておきながら、現実にはそのことに関する尋問を全くしませんでした。けだし、賢明な選択であったと評価できましょう。

 そして、C氏は、その後誤りを正すこともなく、いまなお、
「私は当時この方法が公害被害の判断には最も優れた方法として国内外に自信をもって発表し、この方法で水俣病の全ては救済されると論文で断言して記載した。その結論は今でも変わっておらず」として、誤っていることが明白な結論にしがみついているのです(乙第228号証『日本医事新報』3352号、14頁)。

二 認定審査会の診断態度

 原田正純証人は、その著書である甲第1号証『水俣病』に記載された「診断の原則について」に関して、次のように証言いたしました。
「ここで水俣病の診断の原則を手探りで作っていったなんて書いてありますけれども、考えてみるとこれは当たり前のことなんですね。病気の診断をする時に発生の基盤を重視する、今言った疫学ですけれども、それから発病の時期を調べるとか、症状を診察室だけで診てもわからないので生活の場でとらえるとか、それから多様性があるとか、自覚症状を重視するとか、家族に見られる症状を重視するとか、経過を、多様性とか、いくつかあげておりますけれども、決して私が言い出したことじゃなくて、かりに言うならば医学生が診断学の一ページで習うようなことを、あえてここで言わなければならなかったということが問題だと患います。」

 しかるに、認定審査会の検診は、現実には、通常の診断方法を無視しているのです。
 検診についても、本来、医師と患者との間の信頼関係に基づいて、本人の訴えを充分聴いたうえで診察しなければならないのに、審査会の医師の中には、「患者は嘘をつく」との先入観と偏見を持って対応し、全く患者の言うことには耳を傾けず、器械による客観データばかりを重視するという誤りをおかしているのです。

 かつて熊本県認定審査会会長を務めたことのある徳臣晴比古は、昭和41年の日本内科学会において、水俣病の判断基準に関し、
「補償問題が起こった際に水俣病志願者が出現したので、過去において、われわれはハンター・ラッセル症候群を基準にすることにして処理した」と述べております(甲第129号証『日本内科学会雑誌』5巻6号、648貢)。
 この「水俣病志願者」という言葉には、はしなくも「認定申請者は嘘をいう」との徳臣の日頃の意識が露呈されたものと見るべきであります。
 そして、残念なことに、かような見方は、鹿児島県の認定審査会にも引き継がれたのです。先に述べたC氏の研究の根本には「患者のいうことはあてにならないから、客観的な方法を重視しなければならない」という考えが潜んでいると見ない訳にはいきません。

 しかし、どうして、ひとり水俣病のみが、「まず、患者の言うことに耳を傾ける」という医学の、診断の大原則から離れたものとして、位置づけられなければならないというのでしょうか。
 認定審査会が、そのように、「患者のいうことはあてにならない」という基本的な立場に立っており、症状のとりかたについても患者の訴え通りにとっていないからこそ、矛盾や問題点が出てくるのです。しかも、認定審査会は、それでも矛盾や問題点を解決しようとしないのであります。

三 結論

 以上、述べてきたとおり、鹿児島県の認定審査会委員や検診医が真摯かつ科学的な態度で水俣病問題に取り組んでいるとは、到底言えないことは明らかなのであります。
 結局、認定審査会の検診は、何のための検診か、よく分からないのであります。ただ単に申請棄却処分を出すための形式を整える手続に過ぎないのではないかとすら、思われるのであります。

 そこでは、
「認定は、そもそも水俣病患者であることを確認することによって、すみやかにその被害の救済にあたるための制度である」(甲第3号証『水俣よみがえれ』64頁)
ということが、完全に忘れ去られております。

 診察の結果、矛盾や問題点が出てきでも、それらを真面目に解決しようとしない認定審査会の態度を見るとき、その感を一層強くいたします。
 審査会資料の「考えられる疾病名及び合併症」という欄のところをご覧になっていただきたい。
あるいは「末梢知覚障害」という疾病名ではなく症状名の記載があり、あるいは「末梢神経症」という「病名じゃない」記載があります。そればかりか、数々の所見がとられている患者に対して「病名なし」という記載まであるのであります(元倉福雄証人調書)。
 審査会は、一体、何を考えているのでありましょうか。

(1989年7月21日)