病像論をめぐる国らの応訴態度の不当さ

 

原告ら代理人   宮  田     学

 
 

一 はじめに

 

 先程、板井代理人より、また今、東山さんより、被害者らがどんな気持ちで裁判に立ち上がったかが述べられました。
 しかるに、被告国らは、そのような被害者の気持ちに何ら思いを致すことなく、この東京地方裁判所においても、最後の最後まで醜い争い方を続けてきたのであります。
 私からは、被告らがいわゆる病像論において、どれ程の不当な態度を取り続けてきたか、そして、その主張の中身も、いかに目茶苦茶なものであったかを明らかにしたいと思います。

 
 

二 被告国らの不当の応訴態度

 

 被告らは、前回の弁論期日であった11月24日に、乙第350号証『共同意見書に対する反論』なるA氏作成の文書を提出してきました。
 そこには、この文書が今年の2月に提出した原田、藤野、土屋、鈴木、元倉といった医師の方々により作成された『共同意見書』に対する反論として作成されたと書かれています。
 しかし、その表現たるや、自分のことを「有機水銀中毒専門家」と表現する一方で、原告ら被害者の救済にたちあがっているお医者さんたちに対して、こともあろうに「医学の門外漢」とか「ただ単に検査手技を見ようみまねで実施して」などと、およそ医師の書いた文書とは思われない程、下劣な罵詈雑言を書き並べているのであります。
 しかも、提出の仕方も、この文書は既に9月1日には作成されていたのに、まるで反論がなされるのを避けるために結審ぎりぎりに出したとしか評価しようのないアン・フェアーなものでした。
 私たち原告ら弁護団も5年にわたってこの水俣病訴訟に取り組んで来ましたが、寡聞にしてこの日本に「有機水銀中毒専門家」なる方々がおられるということは知りませんでした。また他方で、私たちは、A氏が水俣病について特別の研究成果をあげられたということも聞いていないのであります。

 私たちは鈴木医師・土屋医師にご無理をお願いして、この『共同意見書に対する反論』に対する反論をまとめいただき、本日、甲第1160号証として提出いたしました。
 裁判所には、その中をご検討いただけばおわかりでしょうが、A氏の反論書は、悪罵こそあちこちに見られるものの、医学的には何ら合理的なものでないことが判明いたしました。
 一つ二つ例をあげますと、A氏は、いわゆる変形性脊椎症からも水俣病と同じ手袋靴下型の感覚障害が認められたという報告があるとして、たった一つの論文を金科玉条のごとく引用しております。
 しかし、A氏が指摘する頸椎症性脊髄症がもたらす感覚障害は、どの神経がおかされたかによって定まった部分がいわゆる髄節性におかされるものであり、そのことは、解剖学上も確認されており、どの整形外科の教科書にも書かれていることであります。もし本当に、A氏のいうように、頸椎症性脊髄症から水俣病でみられると同じ、多発神経炎の症状とされている手袋靴下型の感覚障害が見られるとすれば、整形外科の教科書は全部書き改められなければならないでありましょう。しかし、A氏が引用する論文の著者である国分氏自身も、頸椎症性脊髄症の感覚障害が髄節性であることを否定している訳ではありません。A氏は、あえて文献を歪めて引用したものと評価しないわけにはいきません。
 また、A氏は原告医師団は「のろい」という症状だけで「短絡的」に原告らに小脳症状があると断定しているかのような批判をしておられます。しかし、これが曲解であり、全く的を得たものではないことは、甲第260号証に記載されている通りであります。

 

 今やA証人と一心同体のような態度を取る被告国らは、準備書面においても、原告らの考え方や原告らを診察した医師の皆さんに対して数々の歪められた主張を展開しております。しかし、それらのいずれもが、いわゆるケチ論に終始しており、どの点においても的を射ていないことは、原告らの本日付け準備書面でさらに明らかにしたところであります。
 さらに、被告国らは、A氏ら認定審査会の医師に対する原告らの批判に対して、弁解にこれ努めております。しかし、それらは、弁解にもなっていないと評価せざるを得ません。

 たとえば、原告らは、A証人が、水俣病関係の基本的な文献をほとんど読んだこともないと証言した点を指摘しました。それに対して、被告らは何と言ったか。その中の一つである藤野医師の論文を捉えて、基本的な文献とはいえず、したがって、A氏が読んでなくても当然であるかのような弁解をしてきたのです。
 だが、その中の甲第1032号証という論文は、藤野医師たちが鹿児島県の桂島という所で現地での検診を実施し、多くの水俣病患者を見つけだした際の経過について述べたものでした。この桂島は、当時A氏が属していた鹿児島大学第三内科のC教授らが実施した調査で(これにA氏自身はどれだけ関与したかはっきり分かりませんが)、ただの一人も水俣病患者を把握することができなかった所でした。そして、この時の調査こそ、C氏をはじめとする鹿児島県認定審査会に関与する医師たちが最も大きな拠り所としてきたものだったのです。
 その後、桂島の住人はほとんど認定されるに至り、C教授も当時の自分たちの調査に欠点があったことは認めるに至ったのです。 このように、自分のよってたつ「研究成果」に重大な疑問が提起されているにもかかわらず、A氏は、その論文を読んでもいなかったのです。これが自称「有機水銀中毒専門家」 の実態なのです。
 A氏は、特別医療事業についてもほとんど無知であったことが分かりました。しかし、この制度も不知火海沿岸地域に感覚障害を訴える人々が多数存在しているという現実の反映であります。しかし、A氏はその現実も見ていないのです。

 
 

三 水俣病問題の解決に必要なもの

 

 水俣病問題を解決できるのは権威をふりかざすことや虚勢をはることではありません。

 水俣病問題の解決に必要なことは、まず、事実を事実として把握していく態度であります。

 ここに原告らの診察をした医師たちと認定審査会の医師との間での決定的な差があるのです。

 
 

四 裁判所に対する期待

 

 裁判所においてご判断いただくことは、この病像論に関する限り、特別新しいことではありません。

 第2次訴訟熊本地裁判決、同訴訟福岡高裁判決、第3次訴訟熊本地裁判決での成果を確認していただくことです。

 被告らの不当な抗争をやめさせ、特に被告国・熊本県をして、公害被害者の救済を図るという本来の任務に立ち帰らせるための、明確な判断を期待いたします。

 
 

(1989年12月8日)